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タイトルコレクター

メーメット・ショル

 15年間にわたり、メーメット・ショルはミュンヘンの観客を魅了し続けた。ショルは、スーパースターとして観客のお気に入りだった。469試合の公式戦を戦い、117得点を挙げた。しかしショルの時代も終わりを告げる。2007年8月15日の最後の大舞台で同選手は、17年の現役生活に終止符を打った。

 バルセロナをアリアンツ・アレーナに招いて行われた引退試合は、ショルのキャリアのハイライトの1つだ。6万9千人の観客が“ありがとう“と書かれたプラカードを高々と掲げた。「我々にとって名誉なことだったよ、メーメット」と大きな横断幕には書かれていた。バルセロナのキャプテンであるロナウジーニョからも、プレゼントが渡された。ショルはこの試合について、「引退試合があって、対戦相手がバルセロナ。これは特別なことだよ。バルセロナに感謝をしないといけない」と述べている。

クラブの善き友人

 だが、この選手に何よりお礼を言いたかったのは、なんと言ってもクラブ自身だ。ピッチの外では控えめなショルをウリ・ヘーネスは褒めちぎった。「メーメットは常にクラブの善き友人だった。常に全力を尽くし、契約交渉では決して多くの要求をしなかった。卓越した選手で、バイエルンにとって非常に好感の持てる選手だった」

 同選手は、人気だけではなく、タイトルも集めた。バイエルンで勝ち取ったタイトルは21にも及ぶ。ブンデスリーガ優勝8回(1994、1997、1999、2000、2001、2003、2005、2006)、ドイツカップ優勝5回(1998、2000、2003、2005、2006)、リーガポカール優勝5回(1997、1998、1999、2000、2004)、UEFAカップ優勝1回(1996)、チャンピオンズリーグとトヨタカップを1回ずつ(2001)制覇した経験を持っている。

弱肉強食の世界を生き残った男

 選手として最も重要なタイトルは、2001年のチャンピオンズリーグでの優勝だ。同年には、トヨタカップでも勝利し、最も成功に満ちたシーズンとなった。しかし、本人は最も大事なタイトルを特定しようとはしない。「最も大きな成功はバイエルンだ。バイエルンで15年間プレーできたこと。弱肉強食の世界を生き残ったこと」と述べている。

 ショルは、海外への移籍を考えたことがない。恐らくこのことも、バイエルンのファンから崇拝される理由のひとつだ。バルセロナから経済的に魅力的なオファーがあった時にも、考えは変わらなかった。「バイエルンという土地、そしてバイエルンの人々を好きになったんだ。少しばかり多くの収入や名声を得るためにバイエルンを去るというのは、ばかげたことだった。こんなに長く、ここでプレーできて幸せだよ」と、かつて1989年にカールスルーエでプロ生活をスタートさせたショルが、自身のキャリアについて語った。

度重なる怪我という不運

 天才的なテクニックを持つショルだが、代表での成功とは縁が無かった。1996年の欧州選手権では優勝こそしたものの、ワールドカップには1度も参加できなかった。いつも直前で怪我に泣かされたのだ。「どん底の深さは絶頂の高さよりも大きいものだった」と、自身の怪我との戦いを振り返っている。しかし、悲しんでいるわけではない。「15年のキャリアを振り返った時、そこにはたくさんのポジティブな出来事があり、たくさんのことを学ばせてもらった。より強くなることができたし、全てが欠くことのできない経験だった」

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