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お別れの花束

FCB、デュイスブルクでも義務を遂行

試合前、FCバイエルンにはプレゼントがあり、試合後には悲しみと涙が降格の決まったMSVデュイスブルクにはあった。FCバイエルンはタイトルを早期に獲得した後の第2戦でも隙をみせず、MSVデュイスブルクに3:2(3:0)と勝利し、義務を遂行した。これでMSVは11度目のホーム敗戦となり、1年で2部落ちすることが決まった。

オットマール・ヒッツフェルト監督はブンデスリーガ監督として最後のアウェー戦前に大きな花束をデュイスブルクの首脳陣から受け取った、マネージャーのウリ・ヘーネスは等身大の赤白模様のゼブラを21度目のマイスタータイトルのお祝いとして贈呈された。デュイスブルクファンはレコードマイスターがこのプレゼントに対して感謝の意を表し、降格争いを繰り広げるMSVに勝ち点1ないし3を譲ってくれるかもしれないという願いは試合後、叶わぬものとなった。

ヒッツフェルト、MSVと痛みを共にする

フランク・リベリー、ルカ・トーニ、ミロスラフ・クローゼ、ハミト・アルティントップまたはルシオと数多くの主力が欠場したFCバイエルンは、アンドレアス・オットル(3.)とルーカス・ポドルスキー(18./19.)の得点で3万1.500人の観衆で完売になったMSVアレーナの大半の興奮をさました。MSV監督のルディー・ボマーは「もちろんとても悲しい、まずはこのことを消化しなければならない。降格は長い過程があってのことだ。我々は今日、最後まで投げ出さずにやった」とコメント。

ヒッツフェルトはチームの11度目のアウェー戦勝利後、「デュイスブルクや素晴らしいファンにとって降格は非常に残念だ」とコメント、デュイスブルクが降格したことに同情を示した。しかしながら59歳はこうも語気を強めた:「他のチームと対戦したときに彼らはポイントを奪わなければならなかったんだ。バイエルンとの対戦では難易度は2倍だ。」ヒッツフェルトにとって「最後までFCバイエルンのサッカーを魅せること」は何よりも大事だった。「我々は他のチームに対しても責任がある。」

援護射撃なし

これについてバスティアン・シュヴァインシュタイガーは「僕らはまだタイトルか何かが懸かっているかのようにプレーしたんだ。他のチームに対してもフェアでないといけないんだ。当時、ウンターハッヒングがレヴァークーゼンに勝利したときに僕たちが得したようにね」とコメント。彼は1999/2000シーズンのマイスター獲得について触れた。当時、SpVggウンターハッヒングが最終節でFCバイエルンを援護射撃することになった。

だがこの援護射撃をMSVは望むことはできなかった。ヒッツフェルトは「20分後に3:0とリードしていることは誰も信じることはできなかった、私もね」と述べた。神経質になり過ぎたチームは前半、「本来の力がだせていなかった」と「名将」は分析した。全て終わったかのようにみえた後半、MSVが「一転して非常にいいゲームをしたんだ」とヒッツフェルトは続けた。

ピンポンゴール

ミハイ・タララチェ(48.)とマルクス・ダウン(53.)がバイエルンに1点差と迫るゴールを決めた。ダウンは珍奇なゴールでこの試合が最後のアウェー戦となったバイエルン主将オリヴァー・カーンの壁を崩した。マルセル・ヤンセンは「あれはピンポンだよ、通常なら入ることはない」と述べた。左SBは「オリも笑っていたよ」と吐露。しかし「僕らがもう2、3点入れていたとしてもデュイスブルクは文句をつけることはできない」ともはっきりと口にした。

FCバイエルンは前半、とても効果的にプレーし、後半は逆にとてもいい加減なものになってしまった。シュラウドラフ、ポドルスキー、シュヴァインシュタイガーまたはソサが決定機をことごとく外し、多くはデュイスブルクのベストプレイヤー、GKトム・シュタルケに阻まれた。しかしながら彼もチームの6度目の降格を防ぐことはできなかった。シュタルケは「時折みせたあの僕たちのプレーでは、降格争いを乗切ることはできない」ともコメント。