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インタビュー:サリハミジッチ

「再会を心待ちにしている」

ハサン・サリハミジッチは9年間にわたり、FCバイエルンで数々の栄光を掴んできた。ミュンヘンでは6度のリーグ制覇に加え、DFBポカール(ドイツカップ)を4回優勝し、2001年にはチャンピオンズリーグ制覇の快挙も成し遂げた。そんな彼は2007年の夏、ミュンヘンに別れを告げると、ブレンナー峠を越えユベントス・トリノに加入。《ラ・ベッキア・シニョーラ》(「老貴婦人」というユベントスの愛称)で4季にわたりプレーした後、《ブラッツォ》(「若造」を意味するサリハミジッチの愛称)は VFLヴォルフスブルグへの移籍を決意、再びブンデスリーガに戻ってきた。

今週土曜、ニーダーザクセン州(ドイツ北西部)のチームの一員としてミュンヘンを訪れる35歳になったサリハミジッチは、今回が初めての里帰りだ。今でもFCBと深い関係を保ち続けているボスニア出身の彼は、今回の里帰りを前にバイエルン・マガジンのインタビューに答え、後「一二年」は続けるという現役を引退した後には、再びミュンヘンに戻りたいと明かした。

インタビュー:ハサン・サリハミジッチ

― やあブラッツォ! この土曜には選手として4年半ぶりにアリアンツ・アレーナに足を踏み入れることになるね。君にとって、それは特別な瞬間になる?

ハサン・サリハミジッチ:「もちろんだよ、当たり前でしょう。FCバイエルンでは9年間もプレーしたんだ。だから昔のチームメート、サポーター、そしてスタジアムとの再会を本当に心待ちにしている。ミュンヘンにはまだ家もあるわけだし、家に帰るのはいつだって最高さ」

― 念のために言うけれど、アウェーチームの控え室は左側だからね...

サリハミジッチ:「ありがとう、教えてくれて!」(笑)

― FCバイエルンとは、まだどのくらい密に連絡をとってるの?

サリハミジッチ:「今でもウリ・ヘーネスとは頻繁に連絡を取っているよ。トレーナーのフレディー・ビンダーとゲリー・ホフマンともね。それに昔のチームメートもまだ数名残っている。FCバイエルンとの連絡は一度も途絶えたことはないし、これからも決して途絶えることはないだろう」

― 2007年にはミュンヘンからイタリアへ移ったが、トリノの《ラ・ベッキア・シニョーラ》でで過ごした時間はどうだった?

サリハミジッチ:「すばらしいかった。僕にとっても家族にとっても、誰も奪うことができないすばらしい経験だった。とても居心地がよかったし、イタリア人は本当に優しく、トリノではとても楽しかったよ。ただ1年半ぐらいケガに悩まされ、当初予定していたほど試合に出られなかったのは心残りだね。それでもそれなりにアピールはできたと思うし、おまけに話せる外国語も一つ増えた」

― それなのにブンデスリーガに戻ってきた理由は?

サリハミジッチ:「一つには、まだどうしてもサッカーを続けたかったから、できればまたブンデスリーガで再び。それにヴォルフスブルグのプロジェクトに魅力を感じたこともある。このチームを二三年前の栄光に再び導く手助けをしたかった」

― フェリックス・マガトの存在はヴォルフスブルグへの移籍話にどれくらい関係していた?

サリハミジッチ:「当然理由の一つだよ。マガトさんは僕の恩人だ。《HSV》(「ハー・エス・ファウ」、ハンブルガーSV)でユースから2軍に呼んでくれたのも、続いてトップに上げてくれたのも彼。その後ミュンヘンでも一緒に戦って2年連続で2冠達成とすばらしい成功収めることもできた」