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昇格キャプテン

アディ・クンストヴァードルを追悼

 FCバイエルンがブンデスリーガ昇格を果たしたのは1965年。当時主将だったアドルフ・“アディ”・クンストヴァードルが長い闘病の末、婦人アンネマリーと2人の子供を残し、12日土曜日に亡くなった。享年76歳だった。

 アディ・クンストヴァードルは1960年代の初めから半ばまで、まだ若いFCバイエルンのチームを支える柱となる選手の1人だった。1956年に16歳でゼーベナー通りにやって来たクンストヴァーデルは、1961年にユースチームからトップチームに昇格を果たし、1965年にはキャプテンとしてチームをブンデスリーガ昇格に導いた。そして1965年8月14日、初めてのブンデスリーガ戦にもキャプテンマークを腕に巻いて出場したクンストヴァーデルだったが、この試合は同時に、同選手にとって最後の試合となった。それというのも、TSV1860とのダービー戦で膝に重傷を負ってしまったのだ。当時交代が許されていなかったため、試合終了までプレーを続けたが、その後、クンストヴァーデルのこの負傷が完全に治ることはなかった。

 力強く、素晴らしいテクニックを持っていたこのディフェンダーは、1967年までバイエルン選手として合計120試合に出場した後、アマチュアクラブとしては最高レベルにあるFCヴァッカー・ミュンヘンに活躍の場を移した。その後修行の末に肉屋となったクンストヴァードルは、長年にわたってゼーベナー通りに白ソーセージを配達し、更にはFCバイエルンのシニアチームで400試合以上に出場した。ありがとう、アディ!