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新しいFCB記念碑

移籍、シーズン、中国ツアーについてへーネスのインタビュー

 ウリ・へーネスが笑顔を向け、カメラマンがシャッターを切り、太陽は輝く― ミュンヘンのヴィッテルスバッハー広場とカーディナル=デプフナー通りの角は、117年前とは違い、穏やかな雰囲気に包まれていた。今から117年前の1900年2月27日の夜にまさにこの場所で、憤然とした何人かの選手たちによってFCバイエルン・ミュンヘンが創立された。FCB会長のウリ・ヘーネスは7月3日(月)、当時カフェ・ギゼラのあった正にその場所、つまりFCバイエルンの生まれた場所に、シーメンス株式会社の最高経営責任者ジョー・ケーザーと共に記念碑を建てた。

 当時、後にFCBの初代代表取締役となるフランツ・ジョーンを中心とする11人のサッカー選手たちが、憤慨してミュンヘン体操クラブ(MTV)を後にした。リーグに参加したいと考えていた彼らをMTVが支援しなかったためだ。選手たちはカフェ・ギゼラに向かうと、自分たちのクラブを創立した。今日シーメンスの施設があるその場所に建てられた記念碑は、このクラブ創立についての逸話を思い出させるものだ。クラブに縁あるこの場所で、ウリ・ヘーネスが現在のFCバイエルンの状況に関する質問に答えた。

ウリ・ヘーネスのインタビュー

U21欧州選手権とコンフェデレーションズカップでのドイツの成功について:「どちらもドイツサッカー界にとって素晴らしい出来事だ。特にU21の試合では、ドイツ代表がヨーロッパのユースサッカーの強豪であるスペインとの決勝でいかに優位に立ち、試合をしっかりコントロールし、圧倒的な勝利を手にしたことか。だが、ヨギ・レーヴと共にロシアで試合に臨んだチームもドイツを代表するにふさわしいパフォーマンスを見せた。U21とA代表の若い世代に優れた選手を抱えていることは、我々全員にとって誇らしいことだ。我々には今後5年間、または10年間のために良い選手が揃っていると確信している」

ヨスア・キミッヒについて:「時に忍耐強く、若い選手にチャンスを与えなければならないということを証明するような事例だ。カルロ・アンチェロッティはヨスアを右サイドバックとして構想に入れていると語ったが、私はこれを大変嬉しく思う。ヨスアはその自信を胸にコンフェデレーションズカップに臨んだ。そしてその結果は、既に我々全員が知るところだ」

コレンティン・トリッソについて:「彼について事細かに調べたが、ただ良い情報しか出てこなかった。彼の活躍を楽しみにしている。私は、すでに名が売れていて6千、7千、8千万ユーロかかり、26歳から29歳ともうそれほど若くない選手を常に獲得するのではなく、他のことも試してみたい。22歳で良い評判を持つ選手と契約するのは、私にとっては大変理に適った決断だ」

セバスティアン・ルディについて:「最良の移籍とは最も高額のものではなく、最高の成功を収めたものだ。セバスティアン・ルディは、金額とパフォーマンスの比率が最終的に能力の高さに見合ったものになる選手のうちの1人だと、私は確信している」

シーズンの目標について:「我々がドイツ優勝を果たしたなら、それだけでも大変満足できるだろう。我々は現在、変革を目前にしている。この変革が完了した後、我々が再び1つ以上のタイトル獲得を目指して努力することは、当然のことだ」

中国ツアーについて:「常に国際化を謳っておきながら、ファンのいるその土地に行ったことがない、というのではいけない。この新しいマーケットを開拓したいのなら、現地に足を運ばなければならない。だが、我々が今年、ヴォルフラーツハウゼンやエアランゲンなどミュンヘン近郊でも試合を行うことは、とても私の気に入っている。私がFCバイエルンに持つイメージは、まさにそのようなものだ」

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