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「紳士であり模範」

70歳を迎えたユップ・ハインケス

ユップ・ハインケスは自身を「ブンデスリーガの子」と表現した。同氏のプロサッカー界での活躍はおよそ50年にも及ぶ。選手としてはW杯に加えUEFA選手権やUEFAカップ、ブンデスリーガ、DFBポカール、そして得点王と世界中のタイトルを総嘗め。指導者になってからも数々の栄光を手にした。だが、その中でもハインケス自身が最後に挙げたのは、キャリア最後の年(2013年)にドイツ人監督として史上初の3冠をバイエルンとともに成し遂げたことだった。そして、この歴史的な栄光から約2年が経つ2015年5月9日(土)、この世界の名将ユップ・ハインケスが70歳の誕生日を迎えた。

バイエルンの代表取締役社長カール=ハインツ・ルンメニゲは、「少なくとも、ウェンブリーでのチャンピオンズリーグ制覇がユップ・ハインケスを不滅の存在にした。だがユップは、何よりも素晴らしい人間。紳士で、模範となる人間だ」と同氏の人間性ついて説明し、「彼と彼の奥さんならびにご家族に幸運と健康を祈っている。そして、伝統的な挨拶を送る。ユップ!ユップ!ユップ!」と祝福のメッセージを述べた。

「プロサッカーは50年で十分だ」

2013年6月初旬、ハインケス監督率いるバイエルンが、ミュンヘンの中心地にあるマリエン広場の市庁舎のバルコニーで、リーグ戦の優勝皿とCLのトロフィー、そしてDFBカップの3冠を掲げた時も「ユップ!ユップ!ユップ!」とFCBファンが叫んでいた。あの瞬間は、FCバイエルンの115年間の歴史の中で最大の功績を収めたときだった。ルンメニゲは、「彼が我々にもたらしてくれたものは、金でさえも計ることができない」と改めて当時の偉業を称え、「君のために扉は常に開けておく。それは、あの功績のためだけではなく、その人間性のためでもある」と続けた。

そしてその数日後、ハインケスがサッカー界からの引退を発表した。当時68歳だった同氏は、「FCバイエルンの監督は本当に気力と体力を消耗する」と語った。「職業生活の後にも人生がある。私は人生をこれからも楽しみたい」。海外からも多額のオファーは数多くあったが、それらもハインケスの意志を変えるには至らなかった。同氏は、「スペインのいくつかのビッグクラブが私に法外な報酬を掲示してくれた」とその時の状況を明かし、「だが、プロサッカーは50年で十分だ」と引退の意志を明確に示していた。

「退屈はしなさそうだよ」

それ以来、ハインケスは年金生活者としての人生を満喫している。今はメンヘングラードバッハの近くにあるシュヴァルムタールの農場に生活の拠点を戻した同氏は、「プライベートが守られ、日常生活に溶け込めるのは心地いいよ」と話し、イリス夫人や愛犬キャンドと映画館やレストラン、コンサートや散歩といった「普通の事」を楽しめることを喜んだ。本人も引退前に、「様々なことに強い関心があるんだ。退屈はしなさそうだよ」と先に見据えていた。

現役時代にブンデスリーガ369試合に出場し220ゴールを決め、4度のリーグ優勝、1972年の欧州選手権制覇、1974年のW杯制覇を成し遂げたハインケスは、その後グラードバッハのウド・ラテック氏の下でアシスタントコーチに就任し、自身の監督業をスタートさせた。そこから同クラブで総指揮官に昇格。1987年からバイエルン・ミュンヘン監督に就任すると、2度(1989年と1990年)のリーグ優勝を達成し、アスレティック・ビルバオへと活躍の場を移した。さらにその後9ヶ月間、アイントラハト・フランクフルトで監督を務めると、1995年にスペインへ戻り、CDテネリフェを指揮した。

レアル・マドリードでCL優勝

ハインケスはその2年後、自身が「監督として最高峰」と見なしていたレアル・マドリードの監督に就任した。1998年にチャンピオンズリーグで優勝すると、ドン・ユップはその8日後に退任。ハインケスはその後、短期間ではあるがSLベンフィカと再度ビルバオで指揮を執り、そして最終的には再びドイツに戻って、FCシャルケ04と改めてメンヒェングラードバッハで監督としてそれぞれのチームに貢献した。ハインケスがメンヒェングラードバッハに留まったのはわずか215日のみで、その後に監督業から引退した。

しかしその27カ月後、わずか5試合を残すのみとなった2008-09シーズンの終盤に、ハインケスは当時バイエルンのマネージャーであったウリ・へーネスの要望に応えて、ユルゲン・クリンスマンの後継としてカムバックを果たした。同シーズンでリーグ優勝こそ逃したものの、ハインケス率いるFCBはリーグ2位という成績を収めて、CL出場権を獲得した。このことは再びハインケスに火をつけ、その後バイエル・レヴァークーゼンのオファーを受けることに。ハインケスは2011年に同チームをリーグ準優勝に導くと、そのキャリアの終焉を更なる栄光で飾ることとなるFCバイエルンに戻った。70歳の誕生日おめでとう、ユップ!ユップ!ユップ!