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インタビュー

ラフィーニャ「順調に前進している」

 9日間のドーハキャンプを終え、バイエルンは水曜日にミュンヘン空港に到着した。そして木曜日はオフを楽しみ、金曜日から再び練習を再開する。キャンプの最終日、バイエルンで6シーズン目を迎えているラフィーニャがfcbayern.comのインタビューに応じ、キャンプ、カルロ・アンチェロッティ監督、そしてドイツでの生活について語ってくれた。

ラファ、トレーニングキャンプを終えて足に溜まった疲労はどう?
ラフィーニャ「トレーニングは楽しかったけど、とてもハードだった。だから足はかなり重いし疲れているね。でも、それがまさにキャンプでもある。良かったのは、チアゴとジェローム・ボアテング以外は怪我人がいないということだ。僕たちは順調に前進しているし、シーズン後半も良いプレーができると思う」

君は自身のキャリアで数多くの監督を経験している。ブラジル、ドイツ、そしてイタリアでも。カルロ・アンチェロッティはどのような監督?
ラフィーニャ「Mr.(アンチェロッティ)はとても好感が持てる人だ。素晴らしい人間だよ。チーム内では少しお父さんのようなキャラクターだね。選手とたくさん会話をするし、問題があればいつでも彼と話すことができる。これはスーパーなことだ。その上、数多くの輝かしいキャリアを持っている。彼と一緒にバイエルンはたくさんタイトルを獲れると思う」

今までを振り返って、君のキャリアに一番大きな影響を及ぼした監督は誰?
ラフィーニャ「それはアントニオ・ロペス監督だ。彼が僕をコリチーバFCに引き上げてくれて、そこでプロデビューできた。僕のキャリアの扉を開いた人物だ。今でも彼には感謝しているよ。彼の下で僕はプロとして初めて試合をした。それも左サイドバックとしてね!」

引き上げられるまでの流れは?
ラフィーニャ「もしかしたら神様の思し召しかもしれないけど、当時僕はコリチーバのユースでプレーしていた。まあ、2軍みたいな感じだね。トップチームには左サイドバックが3人もいたが、突然そのうちの1人が怪我をして、2人目は出場停止になり、3人目が病気になったんだ。そうしたら、僕はその頃も今と同じように右サイドバックだったにも関わらず、ロペス監督が僕を引き上げてくれた。3日間だけ準備する時間があって、もうすぐに試合だった。あれはプロサッカーという僕の夢物語の始まりだった。それからは、とにかくプロに留まろうと全力を尽くした。そうしたら、こうして留まることができたんだ」

そして2005年にドイツに来て、今ではドイツの国籍すら取得した。
ラフィーニャ 「それどころか、腕に両方の国のタトゥーまで入れたよ。第一の母国ブラジルと第二の母国ドイツのね。誇りを持って僕はドイツ人だと言える。とても名誉なことだ。ドイツは僕と僕の家族のためにたくさんのことをしてくれた。この国とその人々を愛している。薬局、パン屋さん、スーパーでも皆とても優しい。僕も家族もここでとても居心地良く生活している」

スポーツの側面を見ると、バイエルンでの競争はかなり激しいよね?
ラフィーニャ「バイエルンでは、世界最高峰の選手ともプレーすることになる。そして右サイドバックとしては、フィリップ・ラームという世界最高の選手が僕の前に立ちはだかっている。でも、ローテーションで毎シーズン30試合以上出場できているからとても満足しているよ」

『ラファ、もうあなたブラジル人じゃないわね!』なんて両親から冗談で言われることはある?
ラフィーニャ「(笑)、時々あるよ。親とポルトガル語で話すと、ドイツ語が少し出てくる。その時は『何? 今何ていったの?』って言われるよ。たまに全くの無意識で出てしまうんだ」

雪はどう? 今ミュンヘンは雪が積もっているけど。
ラフィーニャ「雪は好きだよ! ただピッチの上では嫌だけどね。あまりにも寒いとトレーニングも簡単ではない。でも、いつの間にかドイツの寒さにも慣れた。単純に暖かい服を着なきゃいけないだけ。とは言え、一日も早く暖かくなってほしいけどね」

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