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優勝記念シリーズ

5 x 5の優勝記録:まずは砂嵐、それから“ズドン”

FCバイエルンは今シーズンで、25回目のリーグ優勝を飾ることとなった。これを記念してfcbayern.deがこれまで25回のリーグ優勝を紐解き、統計データや逸話、ちょっと変わったエピソードなどを紹介する。リーグ最終節を週末に控えたこの1週間、月曜日から金曜日までの5日間でそれぞれ5つの優勝年を振り返ることになる。本日はパート1として1932年、1969年、1972年、1973年、そして1974年を紹介する。

1932年

FCバイエルンは6月12日、焼け付くような暑さのニュルンベルクでアイントラハト・フランクフルトと対戦した。試合序盤から力強く攻めてきていたフランクフルトに、35分のバイエルンのシュートは阻止されてしまう。しかしその際のフランクフルト側のハンドにより、バイエルンはペナルティーキックを得た。キッカーのオスカー・“オッシー”・ローアは、後に“砂嵐のペナルティーキック”と呼ばれるこのPKを見事に決めて先制点を奪う。多数のバイエルンファンの歓声を背に受けて、75分にはフランツ・クルムが追加点を挙げ、FCバイエルンは2-0で勝利した。こうしてバイエルンは初めてドイツマイスターとなり、翌日には勝利の女神と共にミュンヘンへと凱旋した。

1969年

1969年6月10日、ビルト紙によりフランツ・ベッケンバウアーがサッカー界の新たな皇帝と名付けられた。バイエルンが圧倒的な勝利でクラブ史上初となるブンデスリーガ優勝を手にし、『フランツはバイエルンの皇帝』という見出しが同紙を飾った。昇格からわずか4年後の当時、バイエルンは第1節から最終節まで順位表のトップに君臨していた。バイエルンはこの偉業を過去5回(1968-69シーズン、1972-73シーズン、1984-85シーズン、2007-08シーズン、2012-13シーズン)も成し遂げているが、これと同じことを達成したクラブは他にはない。このシーズンにはゲルト・ミュラーが30ゴールをマークし、1967年に続き2度目となる得点王に輝いた。また、ベッケンバウアーはキッカー紙の総評で1,58点(最高点1)という高評価を得て、初めてブンデスリーガ最優秀選手となった。同選手はその後、3シーズン連続で最優秀選手に選ばれることとなる。

1972年

シーズン開幕前にウリ・へーネスとパウル・ブライトナーという弱冠18歳の2人をチームに迎え入れたバイエルンは、101ゴールという驚くべき数字を叩き出して3度目のドイツマイスターに輝いた。この101ゴール中、40ゴールはゲルト・ミュラー1人によるものだ。この2つの記録が破られることは、恐らくないに違いない。そしてこのシーズン中には、今もなお残るもう1つの記録も打ち立てられている。その記録とは、11-1という最多得点での勝利だ。この試合は第16節にグリュンヴァルダー・シュターディオンで行われ、対戦相手はボルシア・ドルトムントだった。このシーズンの優勝が決定したのは最終節で、ウド・ラテック率いるバイエルンはリーグ2位につけていたシャルケをホームで迎え撃ち、真新しいオリンピアシュタディオンで5-1の勝利を獲得した。

1973年

ブンデスリーガ開幕戦でロート=ヴァイス・オーバーハウゼンを5-0で下したFCバイエルンは、第34節まで順位表のトップに君臨し続けていた。そしてこの年、バイエルンは初めてタイトル防衛に成功する。第30節で1. FCカイザースラウテルン相手に6-0と完封勝利を挙げ、バイエルンは前年に引き続いてドイツマイスターとなった。2位の1. FCケルンとの最終的な勝ち点差は11。バイエルン優勝を決定付けたカイザースラウテルン戦では、ゲルト・ミュラーが5ゴールを挙げた。同選手はシーズン中に計36ゴールを決めており、改めて得点王となった。

1974年

この年、FCバイエルンは初のリーグ優勝3連覇を成し遂げた。これまでにバイエルンは全部で4回、3シーズン連続でドイツマイスターに輝いている(1972年 – 74年、 1985年 – 87年、 1999年 – 2001年、 2013年 - 15年)。ゲルト・ミュラーは3シーズン連続で得点王に輝き、自身が歌った『Dann macht es bumm!(そしてズドン!とゴール)』はヒットソングとなった。ウド・ラテックを監督に抱くバイエルンはこの年、リーグ1位の座を巡ってメンヒェングラードバッハと抜きつ抜かれつの争いを繰り広げていた。決着がついたのは、残すところあと2試合となったシーズン終盤だ。バイエルンはオッフェンバッハを相手に1-0で勝利したが、一方のグラードバッハはデュッセルドルフに0-1で敗北し、グラードバッハがバイエルンに追いつくことは不可能となった。その1週間後にはグラードバッハとの直接対決が待っていたが、それはもはや無意味といってもいいものだ。ヨーロピアン・チャンピオン・クラブズ・カップ(アトレティコ・マドリード相手の再試合にて、4-0で勝利)のわずか1日後の対戦で、喜びに酔ったバイエルンは0-5で敗北を喫した。